川上未映子さんは、最近の女性作家の中でいちばん勢いがあります。
あのナタリー・ポートマンが、川上未映子さんの小説を読んでいると明かしたり、彼女の小説は外国でも高く評価されているようです。
外国でも高く評価されている女性の小説家といえば、他にも吉本ばななさんや多和田葉子さんなどがいますが、川上未映子さんもこの大御所の女性作家と肩を並べたと言えるかもしれません。
僕が個人的にすごいと思うのは、川上未映子さんは『夏物語』などをはじめとして、「産むこと」について深く考えています。
そんな彼女が、子供を産むという選択をしたのはけっこう驚きました。
子供を産んだ彼女がこれからどんな小説を描くのか、すごく楽しみです。
この記事では、川上未映子さんのおすすめの小説やエッセイ、詩集をまとめましたので、紹介します。
小説
乳と卵
芥川賞受賞作にして、川上未映子の代表作。
この物語には男性が不在であり、登場人物はすべて女性です。
緑子という登場人物が出てくるのですが、思春期に入って初潮を迎える彼女の葛藤が日記として書かれています。
初潮を迎えると、日本では赤飯を食べるなど「初潮=おめでたいこと」とする一般的な了解がありますが……。
緑子はそれに違和感を覚え、
なにがおめでたいんだ。月経を迎えておめでたいなんていうけど、迎えたんじゃない、あっちから勝手に来たんだ
──みたいなことを日記に書き、女性になってしまう自分に反発しているのです。
しかも、緑子の母親は豊胸手術をしたいと言い出します。
・豊胸手術をして、よりいっそう女性らしい体になりたいと願う母親
──正反対の両者のコントラストが効いていて、おもしろいのです。
ただ……かなり読みにくいです。
なぜなら、全編が関西弁で書かれているのにくわえて、改行の少ない文章だからです。
なので、最初は『夏物語』を読むべきかもしれません。
次に紹介する『夏物語』は、『乳と卵』のストーリーをより読みやすくリライトして、さらにその続編も書かれていますので、『夏物語』の方がおすすめかもしれません。
「父取らん」の語呂合わせで、覚えましょう!
ナタリー・ポートマンさんが「夏物語、読んでるで」とメンションしてくれてびっくりしたけど、宗右衛門ブルースとか巻子のスナックとか恩田のとことか読んではると思うとシュールやな……テーマと文体についての感想も。おおきにナタリー!@picadorbooks @EuropaEditions pic.twitter.com/yzlqJUHxTZ
— 川上未映子 Mieko Kawakami (@mieko_kawakami) December 11, 2020
夏物語
本書の第一部は、前作『乳と卵』とほぼ同じストーリーです。(かなり読みやすくなっていますが)
そして、第二部が続編になっており、10年後の彼女たちが描かれています。
主人公は、『乳と卵』にも登場した夏目夏子という女性。
彼女は、AID(非配偶者間人工授精)を真剣に考え、男性とのセックスを避けて子供を生むことを望んでいます。
ただ、物語にはAIDで生まれてきて「不幸」になった人たちも出てきます。
AIDで産むべきか否か……。この悩みがラストまで緊張感を持って続きます。
川上未映子の作品をまず最初に読むなら、『夏物語』でいいはずです。
必ずノックアウトされること間違いなしの、大傑作です。
ヘヴン
「いじめられる」という共通点から、仲良くなった少年少女の関係を描いています。
いじめられっ子のコジマという少女が出てくるのですが、彼女いわく、
「いじめられている私たちは、いじめている側よりも数段上の人間なんだ」という思想を持っています。
主人公の僕はそれに納得できずに、コジマと対話を続けていきます。
ラストシーンはけっこうぶっ飛んでいて、コジマが死んだという他の感想をよく見たのですが、
あれは死んでないよね……。死んでたら、物語上よくないことになるもんね……。
すべて真夜中の恋人たち
フリーランスの校閲者である女性主人公が、ある年上男性と出会って「恋愛」(と呼ぶにはかなりお粗末だけど)するストーリー。
大人の恋愛を描いたビター・ラブストーリーです。
校閲という職業が、けっこう興味深くて、
校閲者は、前後関係や時系列は徹底して読まなくちゃいけないが、感情のようなものを一切動かさないようにして、ただそこに隠れてある間違いを探すことだけに集中しなくちゃいけない。
──と書かれています。
主人公はたくさんの小説のミスがないかどうかをチェックしますが、それだけたくさんの物語に目を通しているのに、「物語は読んでいない」んですね。
校閲者の葛藤というか、職業上の悩みみたいなものも書かれていておもしろいです。
愛の夢とか
著者初の短編集。
表題作の『愛の夢とか』もおもしろかったのですが、僕の気に入ったのは『三月の毛糸』です。
初めての出産を控えた妻が、慣れない体の変化に戸惑う中で、血まみれのおじいさんを見かけるのです。
このおじいさん、道端で殴られたのか転んだのかわかりませんが、血まみれなんですね。
それを見かけた妻が、自分の中の赤ちゃんに思いをはせるのです。
赤ちゃんを、自分たちだけの勝手な意思で誕生させてしまうことへの恐怖を描いた、傑作短編です。
さらに、妻を慰める夫と、悩む妻の会話劇がとってもうまいです。
妊娠中の女性と男の会話劇の傑作小説といえば、ヘミングウェイの『白い象のような山並み』などがあります。
そもそも人間は、すべて本人の同意なく生まれてきます。
生まれることに自己決定はないのに、産むことには自己決定があるという非対称性があるんですね。
子供は生まれてきたくないと願っているのではないか……。
そんな妊婦の葛藤を描いた、傑作短編です。
ウィステリアと三人の女たち
こちらも短編集です。
表題作の『ウィステリアと三人の女たち』が、傑作です。
主人公の女性が、取り壊しの始まった空き家に行って帰ってくるというそれだけのストーリーなのですが……。
その家には昔、妊娠を望みながらもそれが叶わなかった、ウィステリアという女性が住んでいたらしく、
そのウィステリアの意識が、主人公の女性と交錯するのです。
ウィステリアの意識を追体験した主人公は、「変身」し、自宅で待っている夫に、たった一言を告げる。
その一言がまあ、怖い怖い。
わたくし率 イン 歯ー、または世界
川上未映子初の小説で、「関西弁+樋口一葉式の改行なしの文章」という、けっこう読みにくい実験的な小説です。
人間の思考は脳ではなく、歯にあるんだという考え方を持つ主人公。
ラスト、歯科医に歯を抜かれてしまって、意識が消滅するみたいな内容だと思いますが、正直、何が起こっているのかよくわからないストーリーです。
悪夢の中でつけたみたいな、変なタイトルですが、中身もかなり変です。
エッセイ
川上未映子はたくさんエッセイを書いていますが、おすすめの4冊を厳選しました。
きみは赤ちゃん
川上未映子が35歳にして初の出産体験をつづった、出産体験記(ノンフィクション)。
「出産編」と「産後編」に分かれていて、子供が1歳になるまでの成長が記録されています。
観察眼に長けている作家だからこそのリアルさがあります。
マタニティー・ブルー、産後クライシス、無痛分娩に対する周囲の無理解……。
出産にたちはだかる難関は、そのまま日本社会の縮図ですね。
ちなみに、川上未映子の旦那さんも作家だそうです。
作家同士の夫婦が書いた出産体験記って、僕の知る限り他にないですし、なんか興味がわきますよね。
でも、実際にはロマンチックなことばかりではなかったみたいで、川上未映子は本書の最後あたりでこんな言葉を書いています。
出産を経験した夫婦とは、もともと他人だった二人が、かけがえのない唯一の他者を迎え入れて、さらに完全な他人になっていく、その過程である。
なんと深遠な言葉でしょうか……。
個人的には、女性が書いた育児エッセイの中で一番好きです。
みみずくは黄昏に飛びたつ
川上未映子による村上春樹へのロングインタビュー。
村上春樹へのインタビューというと、他にも『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』などがありますが……。
『みみずくは黄昏に飛びたつ』では、よりダイレクトでセンシティブな質問が多く、村上春樹が困っているほどです。
たとえば──
川上未映子がこう聞きます。
(あなたの小説は)女性が性的な役割を担わされすぎている。
男性に惜しみなく発揮されている想像力が、女性との関係においては発揮されていないのではないか?。
この質問には村上春樹も困りつつ、こんな感じに答えています。
女性キャラクターを性的なレベルの案内役として、周縁的に設定しているばかりではない。
(中略)
ポジティブでもなく、ネガティブでもなく、そういう予見抜きで、自分の中にある物語にそのまま寄り添っていくしかない。
村上春樹の作品に対して「女性を性的な道具としてしか扱っていない」みたいな批判はたまに聞きますが、それを本人に言うのはかなり勇気が必要だったのではないでしょうか……。
他にも、村上春樹らしくない政治的な話題にも話は及びます。
村上春樹いわく、アメリカの大統領選は、
ヒラリーは一階に響く言葉しか使わなかったから負けた。
トランプは地下に抱えている部分をとても巧みに戦略的にすくっているから、勝った。
──のだそうです。
女性の描き方についてや、政治的な質問などにも直接答えている村上春樹は珍しいです。
そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります
川上未映子が作家として注目を集める前にブログに書いていた、ごく短い文章が136個載っています。

作家になる前は歌手として活動していたそうで、その頃の断片的な思いなども書かれています。
当時付き合っていた彼氏の浮気相手に直訴しにいったり、彼氏にものを投げつけたり、彼氏に「外」に出られるのが怖くてベランダに閉じ込めたり──。
かなり赤裸々なことまで書かれていて、「これ、公開していいの?」という文章もいくつか……。
作家がまだ何者でもなかった時代の、断片的な生活がのぞける初エッセイ集です。
川上未映子: ことばのたましいを追い求めて
川上未映子の特集本。
これは川上未映子のエッセイではないですが、紹介させてください。
川上未映子の各作品の解説や、対談などが収録されているのですが、
いちばん衝撃的だったのが、永井均との対談です。
反出生主義をテーマに語られているのですが、この表が衝撃的でした。
・幸福な子供を産まないのは△。不幸な子供を産まないのは○。
したがって、そもそも子供を産まない方がいいのだ、という考え方が紹介されています。
これがすごい衝撃的だったので、ここだけでも読むのをおすすめします!
本書の75ページにのっていますので、ぜひ。
詩集
川上未映子さんは少ないですが、いくつか詩集を書いています。
水瓶
本書に収録されている『戦争花嫁』がおもしろいです。
道を歩いていると、不意に戦争花嫁がやってくるというお話。
意味のないものは意味のあるものより人を傷つけるということは少ないのじゃないの。
──という文章が刺さる、叙情的な一編です。
先端で、さすわさされるわそらええわ
本書に収録されている『象の目を焼いても焼いても』という詩がおもしろい。
「象の目のような図書館」に、火をつけ、自分の書いたたった3行の詩もろとも燃やすというストーリー。
このストーリーから、どんな寓意を読み取るのも自由ですが……。
素人の書いた詩も、過去の偉人が書いた名著も、かんたんに燃えてしまう不確かな紙の上に成り立っている……。みたいな意味も読み取れるかもしれません。
詩を深読みするには、常識を捨てないといけませんね!
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