横田増生さんは、潜入取材を得意とするジャーナリストだ。
ユニクロやヤマト運輸、Amazon物流センターなどに潜入し、企業のブラック体質を暴いたことで、企業から最も嫌われるジャーナリストとも呼ばれている。
経営者からすれば、潜入取材してくるジャーナリストなんてスパイでしかないから、嫌われるのは仕方ない。
上場企業がブラック体質をリークされたら、それだけで株価が暴落するおそれがあるんだから。
でも経営者からすればうっとうしい存在である彼の書く潜入記は、俺たち末端で働く人間からすればおもしろい。
「いつ潜入取材だとバレるのか」というスリルも味わいながら読めるので、エンタメとしてもノンフィクションとしても楽しめる。
潜入記
ユニクロ潜入一年
「(ブラック企業だと批判する人は)ユニクロで働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたい」
━━と挑発してきたので、その言葉通り潜入してみたらやっぱりブラックでした、という完璧なフリとオチがついている本。
すでに著者の名前は有名になっていてそのままでは店舗に潜入できなかったので、
- いったん妻と離婚した後で妻と再婚し、妻の姓を名乗り、合法的に名前を変える。
- 健康保険や免許証の名前も変え、新しい名前で銀行口座を開き、クレジットカードを作る。
━━という著者のステルス術も読みどころ。
著者が潜入していたのは、ビックロのユニクロ新宿東口店らしいけど、
- 時給1000円程度では日本人のアルバイトが集まらず、日本語が満足にわからない外国人アルバイトを多く雇っている。
- 事前に出したシフトは無視され、直前に出勤要請が入るという日雇いのような労働環境。
- 大型店舗でも社員は数人しかいないので、社員はサービス残業で仕事を終わらせるしかない。
━━ユニクロの店舗では、バイトも社員も労働環境はよくないらしい。
人件費を抑えて人間を安く使い倒しているユニクロの姿が、本書では明らかになる。
というか、著者はユニクロに潜入して働きながら、少ない休憩時間で隠れて原稿を書きながら担当編集者と電話で連絡をとってたらしい。
鋼のメンタルと体力がないと、潜入取材はできないんだろうな。
横田増生『ユニクロ潜入一年』
「(ブラック企業だと批判する人は)ユニクロで働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたい」と社長が言ったので、時給1000円でユニクロの店舗に潜入取材したらやっぱりブラックだった。
という完璧なオチ付きのおもしろ本。https://t.co/ifLHwDzNlK
— タロン@本読み(アメリカ出張🇺🇸から帰国しました) (@shin_taron) May 7, 2022
ユニクロ帝国の光と影
ユニクロは、この本を出版した文藝春秋に2億2000万の損害賠償を求めて名誉毀損訴訟を起こしたんだけど、ユニクロの全面敗訴で終わった。
著者はこれに関して、『ユニクロ潜入一年』でこう書いている。
もともと名誉棄損裁判は、訴える側が圧倒的に有利な裁判といわれるが、ユニクロは有利なはずの裁判で完敗した。
ユニクロは自ら起こした裁判で敗訴することで、自らにブラック企業の烙印を押すというオウンゴール的な行為をとったことになる。
ユニクロほどの大企業に裁判で勝ったのはすごい。
とはいえ、労働集約型であるアパレル産業は、100%正社員なんてできない。
アルバイトを安く雇用して利益を上げるのは、当たり前と言えば当たり前の戦略でもあるから、経営はむずかしい。
ユニクロで働いたことのある人はぜひ読んでほしい。
ユニクロの舞台裏がよく分かるから。
潜入ルポ amazon帝国
アマゾンの下には「ワールドインテック」という下請けの人材派遣会社があり、さらにその下に30社ほどの孫請け会社がぶら下がっているらしい。
物流センターはとにかく人手が必要だから、人材を集めるときは「質より量」になってしまう。
繁忙期だと数千人のアルバイトが必要になるので、そんな大量の人材をAmazon本社では管理しきれない。
だから、これだけ多数の派遣会社にアルバイトの管理を丸投げしているわけだ。
アマゾンの物流センターで、著者はピッキング作業をすることになる。
ピッキング作業にはモトローラ製のハンディー端末を使うのだが、ピッキングのたびに「次のピッキングまであと何秒」という表示が出る。
たとえば、100回のピッキングで100回ともハンディー端末が指示する時間通りにピッキングできれば、PTG100となる。
その時間を5回上回ればPTG105となり、5回下回ればPTG95となる。
ここでは毎日アルバイト全員の名前と順位、PTGの数字が一覧表となって貼り出される。
俺も工場でピッキング作業のバイトをやった経験があるんだけど、アマゾンの物流センターのピッキングの厳しさは異常だ。
常に制限時間に追われるから、気の休まるヒマがないらしい。
俺たちがアマゾンで注文した商品が翌日届くのは、現場の厳しいノルマのおかげなんだ。
アマゾンは利用する時は天使だけど、アマゾンの現場で働くとなると鬼の顔を見せてくる。
俺も工場のバイトは嫌いじゃないけど、アマゾンでは働きたくない。
フェイク・レビューを書くことで儲けている人もいるらしいけど、アマゾン側にバレるとアカウント停止されるらしいから、リスクの高い副業ではある。
本書では、フェイク・レビューだとバレない方法についても解説されているので、Amazonを使った副業に興味ある人は、「第7章」だけでも読むのがおすすめ。
『潜入ルポ amazon帝国』
5つ星のフェイクレビュー(嘘のレビュー)を書くことを条件に、出品者から無料で商品を送ってもらって転売するという「0円仕入れ」なる副業があることをこの本で初めて知った。
ただし、嘘とバレたらAmazonに垢バンされるからリスク高いなhttps://t.co/gPuYcYPTfE
— タロン@本読み(アメリカ出張🇺🇸から帰国しました) (@shin_taron) May 22, 2022
仁義なき宅配
アマゾンのせいで荷物は増えるばかりだから儲かっているのかと思いきや、現場の配達員の労働環境はけっこう過酷らしい。
ヤマトの配達員を苦しめている要因はいくつかあって、
- 再配達
➡︎宅配便の不在率は2割と言われているが、実際にはもっと多く、配達がスムーズに進まない。 - 時間指定
➡︎時間指定があるせいで効率良く配達ルートを回れない。 - 異動
➡︎同じエリアならどの家がクレーム要注意なのかなどの情報を覚えていられるが、異動になるとゼロからのスタートになってしまい、効率良くルートを回れない。
結果として、拘束時間が長くなりすぎてしまうから、配達員は100%体力勝負だ。
身体を壊したら終わりだから、かなり綱渡りな仕事だ。
『仁義なき宅配 ヤマトVS佐川VS日本郵便VSAmazon』
再配達と時間指定が無料なのはおかしいので有料にすべき。
あと「送料無料」って言葉も配達員が無償労働してるみたいなニュアンスあるからよくない。
宅配ドライバーの待遇悪すぎ問題は深刻。。。https://t.co/PS305CABTN
— タロン@本読み(アメリカ出張🇺🇸から帰国しました) (@shin_taron) May 22, 2022
「トランプ信者」潜入一年
トランプ信者たちを至近距離で観察した潜入記。
潜入取材のプロはついにアメリカに飛んだ。
共和党事務所へは意外と簡単に潜入できたみたいで、投票権を持っているかどうかも聞かれず、守秘義務の契約を結ばされることもなかったらしい。
著者は、ボランティアとしてアメリカの各家庭を戸別訪問し、アメリカ人の政治信条を至近距離で取材している。
本書では、玄関先で政治議論を始める議論好きのアメリカ人の姿が書かれている。
政治に無関心な日本人からすると、玄関先で「朝まで生テレビ」が始まるようなものなので、めんどくさいことこの上ない。
著者自身は、反トランプの立場なんだけど、一応トランプ側のボランティアとして潜入している。
だから、反トランプの有権者を相手に必死に「トランプすごい」アピールをするんだけど、かんたんに論破されてしまう。
たぶんプロの営業マンでもトランプを売り込むのはムリだ。
ちなみに、アメリカの歴史上最大の汚点となった議事堂襲撃事件の現場にいた著者は、警官の催涙スプレーを浴びて命の危険に直面している。
潜入取材の恐ろしさを感じた。
ただでさえ、アメリカに日本人がいたら目立つだろうし、そもそも目立ってしまっては潜入取材は難しい。
日本人が違和感なく潜入取材できるのは、やっぱり日本国内だけだ。
横田増生『「トランプ信者」潜入一年』
共和党の事務所に選挙ボランティアとして潜入し、トランプ信者を至近距離で観察した潜入記。
有権者にトランプを売り込むのはプロの営業マンでも難しそうです。https://t.co/9IAGc3XFMO
— タロン@本読み(アメリカ出張🇺🇸から帰国しました) (@shin_taron) May 26, 2022
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