カズオ・イシグロの新作を読みました。
童話のような物語ですが、ところどころに闇を感じる社会派の小説でした。
本書を読んで、感じたこと、とりわけ村上春樹とカズオ・イシグロの違いも感じたので、ここに書いておきます。
1.あらすじ
クララという少女型ロボットが主人公です。
クララは店のショーウインドウに商品として陳列されています。
そこで、とある病気がちの女の子の遊び相手として購入され、その家に引き取られていくのが物語の始まりです。
このへんは、同じくロボットをテーマにしたゲーム『デトロイト』のワンシーンにすごく似ていましたね。
新しい家に引き取られたクララは、その女の子と一緒に暮らす中で、女の子の病気に共感を示していく━━。というこんなあらすじです。
2.格差社会はロボットにも
本書の世界では、遺伝子操作を受けてスーパー賢くなった人間と、遺伝子操作を受けていないふつうの人間の2種類に大きく分かれています。
人間社会では、「賢い」人間と「賢くない」人間との間で格差が生じているわけです。
しかし、格差があるのは実はロボットも同じで、クララは実は旧式のロボットなのです。
クララが家に引き取られた後、家人から「やっぱり最新型のロボットを買えばよかった」みたいな小言をぶつけられるシーンがあるくらいです。
最新のスマホを買っても、1年もすればすぐに型落ちして旧式になってしまうほど変化の早い時代です。
実は人間も例外ではなく、「遺伝子操作」という新しい技術が普及すれば、その恩恵を受ける人間と受けられない人間との間で、格差が生じるのは仕方ないのかもしれません。
僕ら人間だって、「旧式のスマホ」と同じにならないとは限らないのです。
3.クララの共感力は人間以上?
クララは旧式のロボットですが、最新型のロボットよりも「共感力」が優れているようです。
AIは人間に共感するのが苦手なはずですが、クララは人間に対して惜しみなく共感します。
ここで、最近の社会情勢を思い出します。
逆に、女性が得意とする人間への共感が必要なケアワーカー(看護師や介護士)の重要性が高まっています。
工場労働や建築など、共感を必要としない肉体労働を「ブルーカラー」と呼びますが、アメリカでは看護や介護の仕事を「ピンクカラー」と呼ぶようになりました
ブルーカラーの仕事は人件費の安い中国などに流出して男性の失業者が増え、今ではピンクカラーの仕事をする女性の方が収入が高くなる逆転現象が起きています。
※参考文献 『2億円と専業主婦』
カズオ・イシグロは、従来は男性が優位だったブルーカラーの仕事をAIが奪ってしまう未来だけでなく、女性に残されたピンクカラーの仕事さえ、AIが奪ってしまう未来を予測しているのでしょうか?
ピンクカラーの仕事さえAIがするようになってしまうと、いよいよ人間は男も女も関係なく、仕事をしなくても生きていけるユートピア? が出現するかもしれませんね。
4.クララの視界の謎
この物語で、誰でも気づく不可解な点が一つあります。
それがクララの視界の謎です。
本書では、クララの見ている情景が描写されるのですが、時折、「ボックスごとに分割されている」奇妙な視界になるのです。
その場面を引用します。
二人の抱擁は続き、私がもう一度ちらりと母親を見たとき、部屋のその部分がいくつものボックスに分割されていました。どのボックスにも母親の細められた目が含まれていて、いくつかではその目がジョジーと父親を見つめ、その他では私を見ていました。
「どのボックスにも母親の細められた目が含まれていて」って、どんな視界なんでしょうね。怖い。
つまり、これはクララの視界が、まるでジグソーパズルのように「入れ替え可能」で「編集可能」ということなのかもしれません。
これについて、本書では直接的な説明がないのでわかりませんが……。
すると、人間はただのデータの集積なのか?
━━というような、哲学的な命題にもつながっていきそうです。
カズオ・イシグロは何を伝えたかったのでしょうか?
5.ライバル村上春樹との違い
カズオ・イシグロと作風がやや似ているため、ライバルとされているのが村上春樹です。
ただ、カズオ・イシグロと村上春樹には決定的に異なる点があります。
カズオ・イシグロは、「遺伝子操作」・「AI」・「ロボット」・「クローン」など、テクノロジーへの関心が強いです。
特に『わたしを離さないで』は、クローンをテーマにした傑作小説です。
それに対して、村上春樹の小説はこういうテクノロジー関連の話題がほとんど出てきません。
唯一、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で、疎遠になった友人を探すためのツールとして、Facebookがちらっと登場するくらいです。
カズオ・イシグロ作品は化学に裏打ちされたストーリーですが、村上春樹作品には、化学やテクノロジーの裏打ちがありません。
ゆえに、カズオ・イシグロの文章は化学的な説得力があるのですが、村上春樹は感覚的で詩的な文章に思えます。
まあ、どちらが優れているというわけでもないのですけどね。僕はどっちも好きだし。
【まとめ】
ノーベル文学賞受賞後、初の作品ということで期待されていたカズオ・イシグロの新作ですが、やはりおもしろかった。
カズオ・イシグロも村上春樹も高齢といってもいい年齢なので、これから書かれる小説は晩年の作品ということになるでしょう。
この二人は仲が良く、お互いの影響を公言しているので、きっと良い小説が書かれるはずです。
カズオ・イシグロの小説はそれほど数が多くないので、よければ他の作品も読んでみてください。
カズオ・イシグロ『クララとお日さま』
ロボット少女クララが病弱な少女の家に引き取られて━━というストーリー。
遺伝子操作、AI、ロボット、クローン、などカズオ・イシグロの小説にはテクノロジーがテーマになっているものばかり。
ライバルの村上春樹にはない魅力。https://t.co/j0PmflOlF4
— タロン@本読み (@shin_taron) March 12, 2021
『クララとお日様』の表紙ですが、大きく咲くヒマワリ?の横にクララと思わしき少女が、ヒマワリと同じように根を張っていますね。
これは、クララの共感力を示しているのでは。
感情を見せない植物にも共感できるのであれば、クララの共感力は人間をはるかに超えているでしょう。 pic.twitter.com/zGp2WgaPmB
— タロン@本読み (@shin_taron) April 3, 2021
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