──貴志祐介の小説を読んでいると、こう痛感します。
貴志祐介の作品は、すべてヒトコワホラー(人が怖い)に通じています。
ふだん僕らは、悪人に対して真剣に想像力を発揮せず「育ってきた環境が悪かったんだろう」などというテレビの紋切り型のセリフをそのまま使ってしまいがちですが……。
貴志祐介は、僕らにかわって徹底的に悪を想像して描きます。
まさに、貴志祐介は悪の妄想代理人なのです。
悪について知りたい人は、ぜひ読んでほしいです。
長編ランキング
貴志祐介の長編はほぼ傑作ですので、まずは長編から読み始めて問題ありません。
1位 新世界より
僕の人生にかなり影響を与えた本です。
高校生のころに本書を読んで、僕は読書の世界にハマるようになったからです。
実は、大学の学部もこの本の影響で決めたんですよ。(多感な時期に傑作小説を読むとこういうことになる)
1000年後の日本を舞台にしたストーリーなのですが、あらすじは細かく言いません。絶対おもしろいから、読んでほしい。
本書には、
──などの、あらゆる要素が詰まっています。
僕は、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を上回る総合小説ではないかと思っています。
たぶん、この先これを上回る衝撃を与えてくれる小説にはもう、出会えないだろうなぁ……。
僕の人生を狂わせた小説……ぜひ読んでほしいです。
2位 黒い家
貴志祐介の原点にして最恐のホラー小説。
本書に出てくるサイコパスおばさんは、『悪の教典』のサイコパス教師の原型にもなっています。
実は著者は、生命保険会社の社員として長年働いていた経験があり、その時のリアル経験をもとに書かれた小説。
ゆえに、この小説はディテールが細かく、
・入院給付金の詐取を狙う顧客
・モラルリスク病院の実態
・指狩り族事件
──などなど、実際に生命保険業界に身を置いた人間でないと知るよしもない、リアリティに満ちているのです。
とくに、被保険者の死因が分類されている「死因コード」なんかは、すごいリアリティです。
845:宇宙船事故
996:戦争行為にもとづく核兵器による傷害
こんなコードが実際に、生命保険業界で使われているんですって。
こういう細かい描写が、僕はなぜか好きです。
サイコパスを描いたホラー小説ですが、それだけでなく企業の内実を知ることのできる、「企業小説」・「情報小説」としても読めるのがおもしろいところです。
3位 悪の教典
誰からも好かれる高校教師が実は、共感性の欠如したサイコパスでした、というストーリー。
学校だけでなく、社会のシステムのほとんどは人間性善説を前提にしています。
ゆえに、最初から悪意をもって攻撃してくる人間(たとえばサイコパス)を、未然に排除することはできないのです。
世間的には、単に教師が面白半分に生徒を皆殺しにするサイコ・ホラー小説と思われてしまっていますが、
そんな単純な小説じゃありません。
ちなみに、サイコパスを扱った有名な専門書として『診断名サイコパス』があります。
この本の表紙にも、『悪の教典』の表紙と同じく、カラスが描かれています。
なぜか、カラスというのはサイコパスの象徴というか、モチーフになっているようですね。
専門書といってもそれほど難しくないので、サイコパスに興味を持った人におすすめです。
4位 クリムゾンの迷宮
火星のような真っ赤(クリムゾン)な地に集められた、数人のプレイヤーをめぐるサバイバル・ホラー。
物語の流れとしては、後で紹介する『ダーク・ゾーン』に似ていますが、『クリムゾンの迷宮』のほうが完成度は高いです。
最終的に、見知らぬ真っ赤な世界でのカニバリズム鬼ごっこになるのですが、それが超怖い。
物語の最後では、こういう残酷なゲームを娯楽として楽しんでしまう一部の人たちの存在がほのめかされています。
僕はこの小説を読み終えた時、残酷なストーリーを楽しめた反面、「本当にこれを楽しんでいいのだろうか?」という良心の葛藤もありました。
倫理観をゆさぶる、サバイバル・ホラー小説です。
5位 天使の囀り
ホスピスで終末期医療に携わる、精神科医の女性が主人公。
ある日、アマゾン調査(オンラインマーケットのAmazonではなく、熱帯雨林)から恋人が帰ってきます。
その恋人は、常人よりもはるかに死を恐れる「死恐怖症(タナトフォビア)」でした。
にもかかわらず、アマゾンから帰ってきてからは様子が一変し、あれほど恐れていた死を自ら選んでしまいます。
それから日本各地で、奇妙な自殺が相次いで起こります。
・自分の醜い顔に劣等感を抱えていた男性は、劇薬で自らの顔をドロドロに溶かして 自殺。
・潔癖症の少女がヘドロだらけの池に入水自殺。
━━事件の共通点は、「自分の恐怖の対象に自ら近づいていること」です。
彼らを自殺に追いやっているのは、どんな「生物」なのか?
なんど思い返しても、ラスト近くの大浴場の変身シーンは、絶叫モノです。
まさにトラウマ級の、バイオ・ホラー小説。
これを読むとやはり、ドーキンスの名著『利己的な遺伝子』を思い出します。
──という、衝撃の主従関係逆転説を唱えたのが、この本です。
これも合わせて読むと、かなり理解が深まると思いますので、ぜひ。
6位 青の炎
──というキャッチコピーで、当時話題になった青春ミステリー小説です。
母の元夫が、突如として家に居座るようになり、母も妹もめちゃくちゃにされた。
耐えきれない主人公の少年は、自らの手でその元夫を「強制終了」させることを決意します。
少年のもくろむ「完全犯罪」は果たして、成功するのか……。
日本では「私刑」は認められていません。
どれほどのクズ野郎でも、個人が勝手に罰することはできず、法律によってしか裁けません。
ですが、うまく法律の網をかいくぐっている「裁かれざる犯罪者」もいるのです。
少年はその「裁かれざる犯罪者」を、自分で裁こうとするんですね。
少年による、悲しい犯罪を描いた小説です。
7位 硝子のハンマー
介護会社の社長が密室で殺されるという、本格ミステリー作品。
防犯探偵榎本シリーズの第一作です。
密室殺人のトリックもなかなか衝撃的なんですが、それ以上に、犯人の動機が悲しかった……。
実は、物語の後半では主人公が交代して、犯人目線からストーリーが語られるんです。
その犯人の生い立ちのなんと悲しいことよ……。
正直、人を一人殺すのも無理ないなと思ってしまうほど、犯人に感情移入してしまいました。
防犯探偵榎本シリーズを読みたい人は、これを最初に読むことをおすすめします。
他の榎本シリーズは、順番はあまり関係ないのでどれから読んでも大丈夫です。
8位 我々は、みな孤独である
「前世で自分を殺した犯人を捜してほしい」という依頼が、探偵にもたらされるというストーリー。
ちょっとオカルトでSFっぽい探偵小説ですが、この小説に犯人は出てきません。
探偵小説は読みまくってきた僕ですが、このタイプの探偵小説は初めてで新鮮でした。
432億年のラブストーリーもありますし、東日本大震災のことも出てきます。
──これは絶対おもしろいよね。
貴志祐介『我々は、みな孤独である』
前世の記憶をめぐるオカルトチックな物語。人類の意識の秘密を知ってしまった主人公の孤独はいかほどか。
深淵をのぞいた者は、みな孤独になるのだろうな……。 pic.twitter.com/WhxGmOHXTz
— タロン@本読み (@shin_taron) September 17, 2020
9位 ダークゾーン
長崎市の沖合にある端島(軍艦島)を舞台に、いきなり2つの陣営に分かれてバトルが始まるというストーリー。
物語開始10ページくらいでいきなり戦闘が始まり、余計な舞台説明が長々と続くこともなく読者もいきなり戦闘に巻き込まれるので、物語に飽きません。
おもしろいのは、人間が将棋のコマになっているところ。
敵を倒すとコマは消滅しますが、任意のタイミングでまた復活できるところなどは将棋のルールそのもの。
かなりゲーム的な小説で、「千日手」など将棋の専門用語も出てきますが、素人でも問題なく読めます。
SF的なゲーム小説って感じですね。
10位 十三番目の人格ISOLA
人の感情を読み取ることができる「エンパス」という超能力を持った女性が主人公。
物語は、阪神淡路大震災が発生して間もないところから始まります。
主人公は、被災者の少女に出会うんですが、その少女が「多重人格者」でした。
しかも、小さい少女の体の中になんと、13人の人格が同居していたのです。
少女と話していると、コロコロ人格が変わります。
──あたかも「怪人二十面相」のように、性格が瞬時にスイッチしていきます。
だから、話をするだけでも大変なわけです。
そして、13番目の人格ISOLA(イソラ)がついに現れたシーンは、かなり怖かった……。
ストーリーの後半では、最恐の鬼ごっこが始まります。
(捕まったら即死)
この鬼ごっこは、ホントに怖かった。壁すり抜けてくる奴から逃げるとか無理ゲー。
多重人格を扱った本としては、他にも『ジキル博士とハイド氏』や『24人のビリー・ミリガン』などがありますが、全くもって、それらとは比較にならないくらいの怖さです。
11位 雀蜂
雪の山荘に閉じ込められた主人公を、次から次に襲ってくる雀蜂(スズメバチ)。
雀蜂をぜんぶ倒すか、それとも山荘から逃げるのか……。どうする?
──という感じのサバイバルホラー。
貴志祐介作品の中では残念ながら、インパクトの小さい作品ですが、短いので十分楽しめます。
見どころは、主人公が部屋の中のアイテムを使って、ありとあらゆる手を尽くして雀蜂を退治しようとするところですかね。
調理器具を使って雀蜂が引っかかりやすいハニー・トラップを作ったり、お掃除ロボ(ルンバ?)を使って、雀蜂を遠隔退治したりするのが読んでいて楽しい。
ホラーではありますが、かなりコミカルに書かれているので、マジの怖さはないです。
貴志祐介作品の中では、ちょっと「寄り道」した感のある作品です。
2.短編ランキング
続いて、短編のランキングです。
個人的に、貴志祐介の短編は傑作が少ない印象があります。
やっぱ、貴志祐介は長編型の作家だと思いますね。
1位 罪人の選択
表題作である『罪人の選択』が面白いです。
「どちらかをえらべ」という選択を迫られるのですが、「罪人は必ず選択を間違える」のです。
もう一つ、『赤い雨』というSF短編も収録されているのですが、これもおもしろい。
テロ組織の攻撃により、チミドロという新種の微生物が流出。
世界の海や川は赤く染まり、赤い雨が降るという世紀末的世界。
生き残りは隔離されたドームの中で暮らしているんですが、その中に感染者が送り込まれる事件が起こるのです。
コロナウイルス流行の今こそ、読みたいですね。
2位 ミステリークロック
防犯探偵榎本シリーズを集めた短編集ですが、これがいちばんおもしろかったです。
タイトルの通り、時計が絡んだトリックなのですが、これがあまりにも難しすぎる……。読んでいても難しすぎて、ページをめくる手が止まってしまうほど。
タネ明かしされてようやく納得しましたが、こんな難問解ける人、いないだろうなあ。
難問に挑みたい人は、ぜひ読んでみましょう。解けないと思いますが。
おすすめエッセイ2選
最後に、貴志祐介のおすすめエッセイを紹介しておきます。数が少ないので、2つだけ。
極悪鳥になる夢を見る
著者の断片的なエッセイを集めたものです。
『新世界より』の創作秘話や、生命保険会社につとめていた頃の話、会社を辞めて無収入で数年間暮らしていた頃のちょっぴり暗い話など、さまざまです。
個人的に面白かったのが、怖い絵を考察するというコーナー。
あまりにおもしろかったので、だいぶ前に別記事を書いています。
エンタテインメントの作り方
ヒット小説メーカーの貴志祐介の、秘められた小説作法を赤裸々に公開しているエッセイです。
特におもしろかったのは、「悪役の描き方」を解説している項目です。
ああ、これは悪を描く貴志祐介ならではの創作作法だなあ、と痛感しました。
一般的な文章作法というよりかは、小説の書き方にスポットライトが当たっているので、小説を書いてみたい人に特におすすめです。
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